エリート大卒が僕の工場にきて言った一言
僕の工場の大卒は、結果を求められる
どの業界にもあらゆる部門でのプロフェッショナルというものが存在する。
秀でた能力を期待されるのは、やはり学歴を携えた大卒の方々だろう。
僕の会社の本社勤め、いわゆる総合職に勤務できるのは大卒以上の人だ。
高卒の僕にはとても縁のない所だろうと思っていたのだが、不思議なことに先月からその本社勤めの若者が職場に来ることになった。
どうもその若者は、仕事で数百万の案件をミスってパァにしたらしく、戒めと反省の意味を込めて下部組織である僕の工場に島流しにされたらしい。
以下この若者のことはエリート君と呼ぶことにする。
エリート君は営業部に所属していたらしく、話を聞くとなんと一人一台営業部の人間はトヨタのプリウスを与えられていたそうだ。
僕がいいなぁ、なんていうとエリート君はとんでもないと口にする。
「あそこは地獄です」
営業部は仕事をとってきてなんぼ。
来る日も来る日も、自社の商品を他社に売り込む毎日。
中でも新人は飛び込み、というよその様の企業にアポなしで訪問して精神を鍛える、という体育会系よりの仕事もあるのでそうで。
そんな毎日を送るとエリート君の体にも異変が。
まず朝起きると猛烈な吐き気に襲われるのだそうだ。
体調が悪いので休みます、と上司に言えばいいじゃないかと提案するが、エリート君は怖くて言えないそうで。
なぜなら、営業部というのは会社の顔であり攻撃力なのだと。一人一台プリウスを支給するのも期待されているから。
休むということは期待を裏切るという事。営業部の人間は普通じゃダメ、エリートじゃないと場にいられなくなるのだそうだ。
僕は話を聞きながら何のために有給があるんだか、と思っていたがなるほど、こういう世界もあるんだな、と驚嘆した。
ある程度エリート君がここに来た経緯が分かったところで、彼のここでの仕事ぶりについて話す。
エリート君は工場で働く分にはなんの問題もなく、優秀だった。
決められた時間内に仕事を終わらせるし
容量もいい。
わからない事はしっかり聞くし、同じ事を何度も聞かない。
やはり頭が良い人は飲み込みも速かった。
僕はだからこそ不思議で、なんでこんな優秀な奴が営業から島流しに来るんだろうなと、思ってしまう。
また、エリート君も僕の職場の事を凄く気に入ってくれて、
「ここは天国ですよ」
なんてセリフも飛び出るほどだった。
そんなエリート君にとっての平和な日々は残念ながら長くは続かなく、一年ぐらい経った頃に本社の営業部から戻ってこいと命令が下ったのである。
僕の職場で働く最後の日、エリート君はまるで戦争に出兵するかのごとく僕のところにお別れを言いにきた。
今生の別れのような顔をするので、また失敗したらおいで、と言ってサヨナラした。
その後のエリート君は知らない。
まだ僕の工場に島流しにこないという事はきっと営業部で上手くやれているという事だろう。
僕は学のない人間だ。
字だって、もう何年も書いてない。
ひたすら工場で鉄を切ったり付けたりしている。
それでも、出社するときに吐き気が催すような事はいままでない、一度も。
エリート君は、今でも朝起きて胃からせり上がってくる色んなものと戦っているのだろうか。
どっちが幸せなんだろうか僕は時々わからなくなる。